大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和41年(う)253号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

一、控訴趣意第一点及び第二点について。

論旨は、原判決が被告人ほか二名の共謀による強姦の事実を摘示したうえ刑法第一七七条前段、第六〇条を適用していることからすれば、原判決は被告人らを単なる共謀共同正犯と認定したものと解されるから、本件強姦の罪は親告罪である。然るに本件に対する告訴は被告人を除く共犯者二名につき昭和四〇年七月三〇日取り消され、その効力は被告人にも及んでいるから、右と同じ日になされた被告人に対する本件公訴の提起は訴訟条件を欠き、無効であり、本件公訴は刑事訴訟法第三三八条第四号に則り棄却せらるべきであるに拘らずこれを有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある。仮に原判決の認定するところが刑法第一八〇条第二項に規定する場合に当り、告訴を要しないとするのであれば、この点原判決には事実の誤認、ひいては右条項の解釈、適用を誤つた違法がある。即ち、被告人のなした原判示強姦の現場には共犯者はいなかつたのであるから、被告人らが現場において共同して本件犯行に及んだ事実はなく、またその意思もなかつたのであつて、本件は右条項の規定する場合に当らない。従つて以上いずれの点からするも原判決は破棄を免れないというのである。

よつて、先ず原判決挙示の証拠に当審における事実取調べの結果を加えて本件犯行に至る顛末をみると、被告人は内野潔、深瀬良昭とともに原判示日時頃立川市から愛知県下に向け大型トレーラーを運転、西進し、秦野市内で通行人A子(当時一六才)を同乗させたで、沼津市付近に差しかかつた頃同女を輪姦しようと企て、これを右両名に計つたところその賛同を得たので、興津市内のドライブインに立寄り右犯行の場所等につき具体的な打合せを遂げた。かくて被告人ら三名は右謀議に従い原判示日時頃原判示静岡県浜名郡湖西町白須賀地内の国道上でトレーラーを停め、同国道脇の海岸においてA子を強姦するため被告人が同女の左手を掴んでトレーラーから引きおろし、その背を押すなどして同国道南沿いの樹木の間にある小路に入り、内野、深瀬の両名もこれと相前後して右小路から海岸に向つた。被告人はA子を連れ右小路から海岸を走る道路に出たが、内野、深瀬の両名が途中用便を足そうとして脇にそれたため、被告人ひとり先に同女を連れ、犯行に適当な場所を求めて原判示砂浜上にある小松林の陰に至り、同女をその肩を押えて座らせ、同女が嫌がるにも拘らず、原判示のような暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧したうえ強いて同女を姦淫した。その間内野、深瀬の両名は用便をすましたうえ被告人らの後を追い、右犯行場所付近界隈を探し、偶々同人らと交替するため戻つて来た被告人と前記道路上で出会い、更に被告人ら三名共に右犯行の場所に戻り、先ず内野が、被告人及び深瀬が一五メートルほど離れたところで待つている間に、殆んど抵抗力を失つていたA子を押し倒しその反抗を抑圧して強いて同女を姦淫し、次いで代つた深瀬も同様被告人らが右場所で待つている間に、既に抵抗力を失つていた同女を強いて姦淫したことが認められ、これに反する被告人の原審及び当審各公判における供述並びに当審証人内野潔、同深瀬良昭に対する各尋問調書中の供述記載部分は到底措信することができない。なる程、被告人と前記内野、深瀬の両名とが互いに一時相手を見失つたため事実上被告人がA子を強姦した際右共犯者がその場にいなかつたことは所論のとおりであるが、以上認定のような本件犯行に至る経緯、態様、殊に被告人ら三名において前記A子を輪姦することを共謀し、事前に強姦の場所を具体的に打合せ、しかもその場所において本件犯行を遂行していること、尠くとも内野、深瀬の両名が順次同女を強姦する際は被告人らが交互にその犯行の場所付近にいたことが明らかであることに鑑みれば、偶々夜間前記の事情から互いに一時その相手を見失い被告人がA子を強姦する際右内野らが事実上その場にいなかつたとしても、同人らは同じ海浜の一部、特に場所的に自ら限られた範囲内にあつて互いに探し合つた末、結局被告人ら三名とも同一の場所でそれぞれ所期の目的を遂げているのであるから、よしんば当審における検証の結果に徴して窺えるように被告人が内野らと最も離れた場合が一時一二〇メートル余に達したことがあつたとしても、その犯行の形態は正に刑法第一八〇条第二項に規定する「二人以上現場において共同して犯した」場合に該当するものと解するのが相当である。尤もこの点に関する原判示は措辞十分とはいえず所論のような疑いを挾む余地なしとしないが、原審第一回公判において立会検察官が本件公訴事実の訴因を変更することなく罰条に刑法第六〇条、第一八〇条第二項を追加し、原判決が右訴因と同様の事実を認定していることに徴すれば、原判決はひつきよう被告人ら三名が現場において共同して犯した本件強姦の事実を認定したものと認めざるを得ない。尤も原判決が法令の適用において刑法第一七七条前段第六〇条を挙げ、同法第一八〇条第二項を明記していないことは所論のとおりであるが、同条項はただこれに規定する形態の罪を非親告罪とする趣旨を規定したものであつて、特に独立の犯罪構成要件を規定したものとは解されないから、判決に特に同条項を挙げる要はないものといわなければならない。さすれば原判決には所論のような事実の誤認、法令の解釈、適用の誤りはなく、もとより本件の罪は親告罪に当らない。なお所論は告訴の取消をいうので敢てこの点について付言すると、なるほどA子の母作成の告訴状、A子の父作成の告訴取消申立書によると、本件については先に被害者の母親より告訴がなされていたところ、昭和四〇年七月三〇日被害者の父親から東京家庭裁判所八王子支部に被告人を除く共犯者二名につき告訴を取消す旨の右支部宛同月二八日付の書面が差し出されたことが認められる。然し、右告訴取消申立書が家庭裁判所に差し出されたとしても、それによつて直ちに告訴取消の効力を生じたものとは解されないのであつて、東京家庭裁判所八王子支部裁判官の検察官送致決定書(二通)及び右告訴取消申立書に同裁判所の受付印だけがあつて東京地方検察庁八王子支部の受付印のないことに徴すれば、被告人を除く共犯者二名に対する一件書類が一括して同年八月二三日裁判所から右検察庁検察官に送致されたとき初めて同検察官において前記告訴取消申立書を受領したことが窺われるから、本件告訴取消の効力は右検察官において同書面を受領したときに発生したものと解するのを相当とする。果して然らば右告訴の取消が効力を生ずる前の同年七月三〇日になされた本件公訴の提起は有効であり、原判決は所論いずれの点よりしても非議せられるべき筋合はない。論旨はすべて理由がない。<以下―略>(松本勝夫 海部安昌 石渡吉夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例